鈴木盛久工房の様子 |
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鈴木盛久工房へ行った際の様子です。 鈴木盛久工房は最上級の鉄瓶を造っています。ただこう書くと軽々しいですが、 その人間国宝であった第十三代鈴木盛久の下、徒弟制度により丁稚奉公 江戸時代にはもしかすると、今の鈴木盛久工房と同様に、本来の製造技術 機械化で、手作業と同じものが造れれば良いのですが、残念ながらまだまだ よって、鈴木盛久工房の鉄瓶と同じ品質でつくれる工房はただの一つもありません。 少々大げさに聞こえるでしょうが、私だってこんな仰々しいことは書きたくありません。 実のところ、知れば知るほど、鈴木盛久工房の鉄瓶はどれも安いと感じます。 鈴木盛久工房ゆえに差が最も現れるのは砂鉄の鉄瓶です。次がやはり
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戦前から残る鉄瓶です。 この鉄瓶、4リットル〜5リットル入ります。
取っ手はあの、“くるみ火ばし”を作る職人さんの、すぐ上の師匠!
ちなみに鉄瓶の下は、鉄瓶の型を使い古した物で、中には炭が入っています。
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常に鉄瓶の中にはお湯が入っています。 工房のみなさんの知る限り、
ただただ、すごい。。。 |
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工房のなかは、道具がひしめき合っています。
しかし全ての道具が、秩序を持って整然と並んでいます。 そして勝手に 思って納得している自分がいました。 |
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後ろに見えるのは中子(なかご)と呼ばれる型です。 この型、最も精巧な鉄瓶を1コつくるともう使い物にならなくなります。 回数の多い物でもせいぜい4コ程度作ったら型はもう壊します。 壊したあとのその粉はそのまま床に捨てます。 なんとこの盛久工房の床の土は、この中子の元となる土だったのです。 つまり、昔から、工房の土を掘っては型にし、使い終わればまた床の土に戻って行くという、ものすごく合理的で? 無駄のない作業を繰り返してきているのでした。 |
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| これが、これから壊されて床の土へと返っていく中子(なかご)達です。 | |
今背中の見えている職人さん。 この方が、盛久工房の最もコアな、まさに心臓部といえます。 いつまでもお元気で! |
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