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ケヤキの一枚板を使った関西火鉢です。
時代は明治中期〜後期頃のもの。
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特徴は、天板の厚み、ほぞ組の組み方、引き出しの細工
です。 天板の厚みはそのまま時代背景にもつながります。
時はまさに明治。前期、中期、後期とありますが、前期〜中期ではないかと推測します。 |

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天板の厚みは7cm。厚いと言われる板で5cmですので、非常に希有な厚みと言えます。 また引き出しも明治ころによくみられた作りです。
明治といえば、大政奉還。大政奉還といえば徳川慶喜(よしのぶ)。自ら徳川幕府の幕を閉じたのち、戊辰戦争で軍を捨てて逃走。しかしその後の33歳から77歳の大正時代まで、とても優雅に暮らしました。カメラや自転車、謡曲、油絵など多趣味であった最後の将軍が生きていた時代につくられたのがこの火鉢です。 |

江戸期〜明治期に使われたケヤキの木は、おおよそ樹齢300〜400年の大木でした。 江戸期においては火鉢は専売特許品。在庫という物はなく、特に長火鉢はいわゆる今で言う受注生産か、注文生産ということになります。
だから長火鉢に置いては、同じ物がないのです。 |

ほぞ組の部分がよく見えます。 ほぞ組で組まれている箱、胴体の部分は、4枚の板を“せーの”で同時に組んで行きます。1枚、1枚はめていくわけではありません。
“ほぞ”の部分をよく見ると斜めにカットされているのがわかります。この角度を付けるために、専用のノミを作っていました。これこそ、当時の指物師の技と言えます。 |