京火鉢 第一弾大正〜昭和初期頃の京火鉢 売約済みページ2 天板を閉めた時にできる段差の画像など |
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京火鉢 ・・・ 売約済み 60cm×69cm×32cm ケヤキの無垢 大正〜昭和初期 価格 \186,000 |
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ケヤキの無垢(むく)板の京火鉢です。 関西火鉢の代表的なものは天板が厚くより長方形です。これはいかにも京火鉢といった上品な縦横比になっています。 |
関西火鉢、京火鉢ともに関東火鉢よりも出会いが少なく、また程度の良い物が極端にありません。 火鉢屋でも始めて手にする京火鉢です。 表面の漆などはそのまま残り、とても綺麗な状態です。ケヤキの厚みも取っ手の部分を見るとわかります。取っ手の奥は黒柿が使われています。 |
黒柿の木はあの柿の木です。何百本に1本、柿渋の元となる渋が墨になって黒くなった物を言います。これは木を切ってみないとわかりません。特に固く丈夫なことから火鉢の縁によく使われます。 |
炉は綺麗ですがさすがに緑青(ろくしょう:銅にできる錆び)はあります。ただし普通に乾いた灰を入れて使用するかぎり、特に問題はありません。今後もずっと使用してゆけます。 木目は玉杢(たまもく)と如鱗杢(じょりんもく)という木目を見ることが出来ます。 |
さてこの角ですが、これほどぴったりくっついているのはとても凄いことです。木は乾燥させてから裁断され組まれて行きますが、必ず反りが出ます。その反りを計算して組む作業を木工、延(ひ)いては指物師の技という事が出来ます。 |
その証がここ。このちょうつがいのようなものが、まさに木の反りを考慮に入れた結果です。これを表にださなかったあたりにも指物師のこだわりを感じます。 |
天板です。この天板を取り外し、木枠(炉縁)をはめて使います。真夏などはこの天板をのせておくことになります。次でお見せしますが天板自体は古い物です。 なお余談ですが くぬぎ炭が一番消費されるのは5月です。火鉢=冬なのは確かですが、換気の際に寒くなく、静かにゆっくりと炭に火を入れてお茶を楽しめるのはやはり春なのです。 私などはなんとなく2月を過ぎるともうすぐ火鉢の一番良い季節がやってくる。といった気分になります。 |
この京火鉢。作られたのは昭和のごく初期ですが、木材は明らかに明治頃から保存されていたものを使用しています。特にこのフタにあたる板は見事です。 魚の鱗のような如鱗杢(じょりんもく)の木目が出ています。また年輪の幅がとても狭く、フタにしておくにはもったいない?程の木目です。
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フタを取り外したら、炉縁を付けます。 これは天板の接合部分。 板の反りも無く、とても綺麗な仕事です。 |
フタの裏になります。ねじの使い方などは戦後ではないかと思わせる作りです。ただ板は裏から見てもそのすごさがわかります。 なお、拡大写真をご覧頂くとさらによく分かるのですが、二カ所まるで囲んだところがあります。 そこは、玉杢(たまもく)という木目で、○でかこった部分のような玉が何個あるかで価値が決まってくると言います。 |
フタに矢印を書きましたが、この矢印の右側が木の中心でしょう。そしてちょうど板の真ん中にきているところは、コブの中心です。如鱗杢(じょりんもく)という木目は、樹齢300年〜400年を超えるような木に出来ます。 木の根本付近が、自分の重さで段々圧力をうけて押し出されて、コブが出来ます。ですから樹のコブはとても固くまた年輪が狭まってきます。 このただでさえ固いケヤキの最も固い部分、そして年輪の見事な部分ということで珍重されていました。その如鱗杢の無垢板をフタにつかうあたり、ものすごい事だと思います。 |
ということで、木目の感動があまりに大きいですが、これだけふんだんに木を使えたのは明治までです。昭和に入って作った指物師の方にお願いしてつくった火鉢です。 本来、長火鉢とはそういうもので、既製品はあまりありませんでした。 |










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