2010年-長火鉢第一弾

3年ぶりの長火鉢登場は
ケヤキと黒柿の小ぶりな長火鉢



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ケヤキと黒柿の火鉢 88,000円

横幅66cm x 奥行き36cm x 高さ34cm  灰は10kg

ケヤキと黒柿を使った代表的な造りです。

久しぶりの長火鉢としては10万円を切る価格ですが、程度は大変良いです。
どこにも問題となる1つを除いてありません。その1つは、片面にお湯が跳ねた
跡があることだけです。価格の安い理由は、その1つの箇所があることと、
小ぶりであること。師匠が安く譲ってくれたことです。ですので10万円を切って
いても充分安心して長く使える長火鉢です。ほぼ完璧な外見なので誰が
見ても綺麗だと思います。

横幅66cmと小ぶりな関東火鉢です。 2尺とちょっと。最もよく見られるサイズが74cm~76cmといったところでしょうか。ですので二回りくらい小さな印象です。
通常関東火鉢は一家に1台といったところですが、二台目以降はこの小ぶりなものにすることが多かったようです。もちろん大きな御家で無いと何台もおくことはできません。しかも火鉢は江戸幕府による専売制でした。 依頼されてつくるものですから、最初から在庫があって幾らですと価格があるわけではありません。

依頼主から大きさの注文はあれど、使う木やその造りなどは指物師のプライドが反映されます。ゆえにこの大きさの火鉢でも大型のものとまったく変わらない素晴らしい木を使います。

 

大きな長火鉢と小ぶりなこちらの長火鉢との大きさの差は、こちらのページをご覧ください。第二弾の長火鉢や、手あぶり火鉢との大きさを比較してあります。

造りはごくオーソドックスな長火鉢です。

オーソドックスというと気軽に聞こえますが、浅草に今もいらっしゃる 指物師の方はこの当時と同じつくりの長火鉢を造る事が出来ます。
5年以上前ですが、こちらの長火鉢を作ってもらえないか尋ねて みた事があります。 答えは仕入れ値も上代もない250~300でした。

ちなみに上の写真で引き出しが見えていますが、こちら側が裏面になります。
理由は、主人が座る側だからです。お客人は引き出しの無い側を見て座ります。
そちら側が表ということになります。


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長火鉢には関西火鉢と関東火鉢があります。関東火鉢は本当に以前は関東にしかありませんでした。関西は圧倒的に合理的なテーブル上のソデがついたもの。

関東は"猫板"が付いたこのスタイルの火鉢が作られていました。関東火鉢のこの段差の部分を"猫板"と言いますが、実際に暖かいので猫がこの上によく乗っていた事から猫板と呼ばれます。 この猫板。なくなっている事も多いのですがこちらの関東火鉢には無事オリジナルの猫板が残っています。この板は、こうして炉の上にのせて湯飲みを置いたりして使います。よく湯飲みの丸い跡がついている事があります。

ここもケヤキの一枚板で作られています。しかもこの猫板は組んで作られています。板の木目を見ますと、ちょうど丸い木の半分を使っているようです。この猫板の長さ、つまり火鉢の奥行きが36cmですから、倍にして72cm。これに木の皮部分がふくまれますので、プラス10cmで直径80cm以上のケヤキの木ということがわかります。

これだけでもはや樹齢300年以上です。明治期には既に簡単には手に入らなくなっていたようですので、江戸期に切られ保存されていたものが使われるのが一般的でした。余談ですが、Nod 欅 の欅は当時のものです。

猫板に限らず、これだけの厚みの一枚いたは空気中の湿度の変化でソリがでてしまいます。文字通り反ってしまうのです。

猫板にソリがでてしまうと、平らでなくなってしまいます。これはこれでどうする事もできないのですが、これはソリが出ていません。

木の乾燥と、反らないようにする技術が高かったからです。ちなみにこれは骨董業界では当然の事ですが、江戸時代の職人さんの技術は全ての分野において明治以降よりも上でした。 例外は聞いた事がありません。

浮世絵などはおもしろいもので、江戸時代に書かれた浮世絵は水で洗っても色落ちしません。明治期以降のものは赤い色が水で落ちてしまいます。江戸期の赤がどうして作られたか、誰にもわかりません。

拭きガラスしかない時代に、しかも平らな地面など無い時代に本当に平らな薄いガラスをつくる技術など、江戸時代の技術は驚くものばかりです。話がソレましたが。


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板を取り除いたあとの、欅も見事です。非常に綺麗です。これは漆が完全に残っているからです。漆は何層にも重ねて塗ります。漆は熱やショックにも強いので、漆の漆器などは一見プラスティックに見えます。最近では漆の漆器を燃えるゴミの日にだしても、プラゴミだから月曜日に出して(杉並区はプラは月曜日)といわれてしまうくらいです。ただ、今の方に漆の漆器を見てそれと判れというのは無理な話なのですが、そのくらい漆器は透明感と強さをかね合わせたものです。

また漆を塗ったものを砂漠で乾かそうとしても何百年、何千年たっても乾きません。

その代わり日本に持ってくると乾くわけです。不思議ですね!

さて、こちらの写真では炉が見えます。炉は綺麗です。 

一見すると錆びていますが、間違いなく錆びています。銅にできる錆、緑青(ろくしょう)です。でもこれは何も問題ありません。緑青はこれ以上あまり増えません。

そのかわり、灰をいれたままにして何十年も湿気のあるところに放置しておくと、間違いなく銅版は錆びてなくなります。そこまでいかずとも、錆が浮いてぼろぼろになってまいります。 これはひとえに保管状態です。 保管が良いということは、これだけの大きさのものを、しかも使わなくなったものをずっと保管しておける蔵があったということです。一般の生活空間に放置しておいたら綺麗には残っていません。

ということで、この炉は安心してこれから何世代も先、使っていけるものです。

なお、ここまでは2月28日 日曜日の8時45分までに書いています。ここから先も書き続けていますが、内容が増えていない場合は、F5キーを押してリロードしてみてください。


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表面と側面です。

お客人は引き出しの無い側を見る事になります。こちらが表面です。同心円状のものが見えます。これが玉杢(たまもく)です。この玉の数が多いと値が上がります。すでに驚愕の欅(けやき)の木ですが、なぜ玉杢があると価格が跳ね上がるかというと、樹齢最低300年以上、通常は400年クラスの欅の根元の部分にしかないからです。

上記の玉杢は、木にできるコブの部分だと思います。欅の木があまりに太く重くなると、上の部分の重さで押し出されてコブが出来ます。その部分は本体の幹部分の年輪に対して別の角度で年輪が出来てきます。この部分が玉となって現れます。

欅の固さは、自分で彫った事が無いので実感としてはわからないのですが、今まで多くの木工作家さんや、美大の学生さんに伺ったところ、「それはそれは本当に固い。こんなの削れるのか?と思うくらい固い。」そうです。

火鉢の上部。淵の部分は黒柿です。黒柿は柿の木です。柿渋は柿の身を絞って作りますから、柿には元々黒っぽい成分がはいっているのでしょうか。

でも、黒柿は普通の柿の木1000本に1本と言われています。こればかりは切ってみないと判らないそうです。今も木材屋さんには黒柿が売られているようですが、かなり高価で貴重な木のようです。

その黒柿を本当につるつるになるくらい磨いてあります。

以前、初代Nodを作ってくださっていた木工作家さんは、この黒柿を見て、「ここ本当に木材?プラスティックじゃないの?」とおっしゃっていました。

現代の木工作家さんは、特に指物の修行をしたわけでありませんので、それも無理のない事です。つまり、そのくらい当時の職人さんというのは造ることに手をかけていた事になります。 ただし、恐らく磨くことが専門の職業があったのだと思います。

ここは推測ですが、江戸時代は非常に数多くの職業がありました。恐らく、IT時代が一般化する以前の昭和の中頃まででしたら、江戸時代のほうが職業が多いのではないかと思えるくらいです。 釘を売る人、縫い針つくりの職人、猫の絵描き(ねずみよけ)、馬糞集め(馬の後ろを歩いて。貴重な燃料)などなど。

理由は恐らく、エネルギーとして使用していたのが太陽光だけだったからではないでしょうか。明かりから熱源まで全て植物を利用していたためというわけです。炭もそうですね。 また、動力源が無いので、全部人がやらないと駄目だったようです。聞くと大変ですが、それが当たり前だったのでしょう。 と、字で書くのは簡単ですが、私もも手にしたことがありますが、あの非常に固くて、ざらついた黒柿をここまでツルッツルに磨く手間はどれほどモノだったのか、想像も出来ません。火鉢の黒柿部分を見るたびに、そんな思いがふと頭をよぎります。

 


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取っ手が見えます。雲と呼ばれていますが、今ではあまりこの取っ手を雲という方はいらっしゃいません。 ちなみに、空に浮かぶ雲に似ているからのようです。

18番の写真。 よく見ると白い点々が見えます。これはお湯か水がはねた跡です。たとえば鉄瓶のお湯が溢れて火鉢にかかると、すぐに拭いたとしても跡がのこってしまいます。この点々は鉄瓶だとは思えませんが、水分があたった事には間違いありません。削るしかないので消せないです。

ここが残念ですがちょっとマイナスポイントです。

この水跳ねは、一面だけですので、他の面は問題ありません。

また、20番の写真の表面が少々テカッテいますが、これは蜜蝋を塗ったからです。蜜蝋(みつろう)はミツバチの巣からとった油です。特に火鉢の手入れは必要ないのですが、手元に来た火鉢には蜜蝋だけ塗っています。

最近では骨董屋さんも化学成分や塗料の入った石油系のワックスをつかってしまいます。これですと木が呼吸できませんし、そもそも色が変わってしまいます。

古い火鉢でも現代モノに見えてしまうのでちょっと残念な処理です。木は人の油が一番相性が良いといわれます。しかも鼻の脂が良いそうです。とにかく使ってあげて、触ってあげる事が一番のメンテナンスです。表面を拭くのであればからぶきで充分です。ただ、直射日光は避けてくださいね。木は今も呼吸しています。今から直射日光を当て続けるだけで、木にはヒビが入り、反ってきます。

そしてすでにそれは経験済みです。


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火鉢の上に木の枠がのっています。写真では取り外して撮影していませんが、この四角い枠が炉淵(ろぶち)です。 長火鉢には炉淵があります。炉淵もケヤキで作られています。この部分には炭の熱があたりますから、熱に強い木でないといけません。ケヤキ、黒柿、桐など、耐熱温度が400度以上の木でしたら問題ありません。

 

そのケヤキといえども、炭を大量に入れてガンガンに燃やすと、どうしても黒くなってきます。この程度でしたら問題はまったくありません。五徳を真ん中に置いて、せいぜいくぬぎ炭5本くらいを燃やしている分には問題ないのですが、慣れてくるとどんどん炭を入れて燃やしてしまうのです。楽しいですし、暖かいので。するとこのように、炉淵を黒くしてしまいます。 これはほんの僅か黒っぽいだけですので、まったくマイナスポイントにはなりません。ご安心ください。

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炉淵にぐらつきはありません。しっかりしたものです。淵の黒柿も見事です。

引き出しの金具は全てオリジナルのままです。また、長火鉢は外見上にソリが無くても、引き出しの開け閉めがし辛いか、もはや引き出せないものもあります。その場合は削って開け閉めしやすくしますが、この関東火鉢に関してはそういった問題は一切ありませんでした。

一方の側面は非常に綺麗です。

そして引き出しの中に数字が書いてあります。これはどうやら、最初から?だそうです。ただ、一段目と二段目にだけ書いてありますので、指物師の方だとは思えないです。よく判りませんが、これは良しとしましょう。

そもそも引き出しには、下に和紙を敷いて使いたくなります。汚したくはないですし、茶器をそのままうつぶせにして置いておいても心配ないですから。和紙か何かを引けば数字も見えませんね。


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その昔、長火鉢の引き出しは家中でもっとも乾燥する場所でした。だから海苔を入れたり、タバコを入れたりしていました。ちなみに海苔は炭で炙るのが基本です。

ガスの炎には水分が含まれるからです。是非、長火鉢の引き出しに取って置きの海苔をを忍ばせて楽しんでみてください。

引き出し全てを出したところです。どれもスムーズですし、中は綺麗です。引き出しの中部分は桐の木で作られています。この辺りは定番であり、例外はありません。

ここ数年、中国で長火鉢が作られています。木は"たがやさん"という木が多いようですが、特徴はこの引き出しの中まで茶色い色の木、つまり本体と同じ木で作られている事です。一目瞭然ですね。参考までに。。。


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